あけましておめでとうございます。年末は何かとバタバタとしていたため、ブログも更新できず、年が明けてしまいました。年の初めに、大晦日の昨晩、東京文化会館大ホールにベートーヴェンの交響曲全曲を1日で聴ける演奏会「ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2020」に行ってきましたので、それについて書いておきたいと思います。この演奏会も第18回を数えるそうですが、例年だと私は年末は「第九」単独の演奏会に足を運んでいました。昨年末はスケジュール的に合う演奏会がなかったのと、コロナ禍で年末年始どこにも出かけない予定だし、ちょっと値段は張るけど一度聴いておいた方がいいかと思い、聴きに行くことにしました。会場も東京文化会館で家から近いですからね。私がクラシックのコンサートを聴きに行くのは、勿論以前の仕事で多少かかわったということもありますが、エンジニア的な聴き方から、クラシックのレコーディングでしばしば「ホールの豊かな残響」を意識しすぎてリヴァーブ過多に陥っているレコーディング(特に小編成のもの)に遭遇するのに違和感を覚え、実際のホールの残響をできるだけ多く体感しておこうと思っているからです。それにはやはり、PAなどを通さない生のクラシック・コンサートを聴くのが一番かなと思います。それがオーケストラ音源を使った自宅録音に活かせればと思っています。

東京文化会館入口

東京文化会館へ行くのも久しぶりで、上野駅の改修工事により中央通り側から上野公園通りを上って言問通側へ抜けられなくなっていたことは知っていましたが(以前は東京駅方面から車で帰宅する時はこのルートを使っていました)、公園口の改札を出ると信号を待たずに文化会館にアクセスできるようになっていたのは初めて知りました。上野駅公園口の位置も以前より奥側に移動していました。コロナ禍以降、上野に行っても不忍口か中央口の方にしか降りていなかったので、「あれ、そんなに来てなかったかな?」と戸惑う自分。昨年はコロナ禍の影響でコンサートやライブを殆ど見に行かなかったので、東京文化会館も一昨年の「第九」以来1年ぶりでした。入り口ではサーモグラフィによる体温検査とアルコール消毒をした上で入場、会場内のあちこちにも消毒用アルコールが設置されていました。係員の方たちもフェイスガードと手袋を着用しての応対をされていました。この日の客席は6~7割の入りといったところだったでしょうか。コロナ対策を徹底するという意味で言えば、客席は1席おきの配席(オーチャードホールなどではそのように配席されていました。入場数は半分までになってしまいますが)にするなどの配慮をしても良かったかと思います。私の席も右側は2席空いていましたが、左側は詰まっていましたので、配席のアンバランスさは否めなかったかと思いました。当日体調が悪くなり来られなくなった人には払い戻し対応するとのことでしたので、そのあたりの事情もあったかも知れません。

今回の演奏会は「炎のコバケン」こと小林研一郎指揮、岩城宏之メモリアル・オーケストラの演奏によるもので、岩城宏之メモリアル・オーケストラはこの企画の第1回から第3回までタクトを振った岩城宏之先生の名を冠したNHK交響楽団や新日本フィルハーモニー交響楽団、東京都交響楽団などからのピックアップ・メンバーによるこの演奏会のための特別編成のオーケストラでした。コンサートマスターはN響のコンサートマスターでもある篠崎史紀氏が務め、各オケの首席クラスの奏者も多く参加した、実力者ぞろいのオケでした。今回のオーケストラの並びで目を引いたのは、弦楽器が現代オーケストラでは通常とされる左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、、ヴィオラ、チェロ、コントラバスという配置ではなく、更にベートーヴェンがこれらの交響曲を書いた19世紀に用いられた第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが左右に開いた配置でもなく(最近のベートーヴェンの交響曲のコンサートに行くと、この配置をこの配置で演奏する指揮者が多い気がします)、左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、コントラバスという配置で、上手最前列にヴィオラ(10名)が陣取る配置でした。私の席が丁度ヴィオラの真ん前で前から5列目という席であったため、普段以上にヴィオラの音量が大きく、いつもだと内声部として控えめな役割として認識されるヴィオラがかなり前面で主張することになり、それはそれで新鮮に聴くことが出来ました。このところ毎年年末に聴いていて、聴きなれたはずの「第九」も「ヴィオラはこんな動きをしていたのか」と新鮮に聞こえた部分もあり、オケの配置が曲の印象に影響を与えるものなのだなと改めて認識しました。

東京文化会館のテラス
東京文化会館のテラスから見た月と東京スカイツリー(大休憩時間に)

ベートーヴェンの交響曲は全曲演奏すると曲タイムだけで約6時間に及び、間に休憩を挟むとすれば約9~10時間に達する長丁場のコンサートになります。「第九」では合唱団も参加するため、舞台の転換も必要になりますのでその時間も含めて、13時開演、23時半頃終演という時間設定がされていましたが、今回はコロナウイルス感染症拡大によるJR等の終夜運転中止を受けて、電車の動いている時間に終了するという方針になったため、従来よりも早めの設定になったとのことでした。休憩も第6番と第7番の間に90分の「大休憩」を取り、聴衆はその間に館外に出て食事をとることが可能となっていました。指揮者やオケも休憩が必要でしょうが、聴く側もとても集中がもたないですから、なかなか9曲続けて聴くのは苦行だなと思ってしまいました(笑)。それにしてもマエストロ小林はこのベートーヴェンの交響曲全曲をスコアを見ることなく振り切っており、「第九」を聴いて感動し、作曲家への道を志したという、ベートーヴェンへの愛情の感じられるコンサートでした。傘寿を迎えてなおこの情熱には頭が下がります。それに応えた篠崎”MARO”史紀氏をはじめとしたオケのメンバーの熱演も見事でした。因みに私の席からは、MAROさんがアイコンタクトで2ndヴァイオリンやその他のメンバーに指示を送っているのがよく分かりました。コロナ対策のため、合唱団を入れられるかどうかもホール側との協議に委ねられ、人数制限(合計40名まで)が設けられ、マスク着用が義務付けられたということで、確かに歌うことが一番飛沫を飛ばすことになるので止むを得ませんが、とても歌い難そうでかわいそうになるくらいでした。マスクをしているので口を大きく開けられないですし、マスクにさえぎられて声も届きにくくなってしまいますから、ソプラノの市原愛さんは通常のマスクではなくフェイスベールのようなものを装着するなど工夫されていました。それらを差し引いたとしても、音楽が宮廷社交場のBGM的な扱いを受けていた時代に敢えて芸術性を打ち出して作曲されたこれらの交響曲の魅力を存分に表現したコンサートになったのではないかと思います。そしてそれは人類がコロナウイルスに打ち勝った時に「歓喜の歌」としてコロナからの「解放」を予期させるに充分なものではないかと思いました。

そういえば、この演奏会を聴きに行くにあたって久しぶりにCDを聴いて予習していこうかと思ったのですが(特に4番や8番はあまり聴いたことが無かったので)、どうやらあったはずのオトマール・スイートナー指揮ベルリン・シュターツカペレのCDは実家においたままにしていたようで、探したのですが見つからず、会場で懐かしいヘルベルト・ブロムシュテッド指揮シュターツカペレ・ドレスデンの全曲集を売っていたので買ってきてしまいました。これを聴きながらコンサートのおさらいをして、いつの日か自宅録音によるベートーヴェン交響曲の再現を実現しようと目論んでいます。(その前にホルスト「惑星」を完成させなきゃ)

ベートーヴェン交響曲全集
ブロムシュテッド=シュターツカペレ・ドレスデンのベートーヴェン交響曲全集

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